「 晋ちゃん 。 〝たがそれどき〟って何アルか?」<br> なんてこと無い 、 いつも通りの昼下がり 。 見るものが無いからと回したニュース番組では 、 にこやかに微笑んだ女性キャスターが同じような情報を繰り返し読み上げている 。<br>新しい季節の到来に浮足立っていた人 々 も 、 流石に梅雨が間近に迫るこの時期になると落ち着きを取り戻すらしく 、 最近はおかしな事件も随分減った 。 良いことだ 。<br>窓の外へ視線をやれば雲一つない青空が広がっている 。 事件は無い 。 依頼も無い 。 お金も無い 。 することも無い 。<br>はて 、 平和とはこうも荒んだものだったろうか 。<br>万事屋晋ちゃんの店主こと高杉晋助は 、 どんどん薄暗い方向へ進んでいく思考に思わず遠い目をしながら大きく溜息を吐いた 。<br><br>「 オイ 、 聞いてんのか包帯野郎 。 〝たがそれどき〟って何アル」<br>「...... 口の利き方には気を付けろ 、 神楽 。 この酢昆布がどうなってもいいのかァ? それから、〝たがそれどき〟じゃねェ〝黄昏時〟だ」<br> 晋助は 、 口の悪い従業員の少女の物言いに眉根を寄せると 、 机の引き出しから酢昆布を一つ取り出して彼女の眼前に掲げた 。 勿論 、 勝ち誇った笑みは忘れずに 。<br>「 っ! ؟ す 、 すんませんでした晋助様あああ!! 」<br>「...... お前にはプライドってモンが欠片もねェのな」<br> 酢昆布を見るや否 、 床に這いつくばって平謝りを始めた神楽に 、 晋助は苦笑いを浮かべながら酢昆布を投げてやる 。<br> 綺麗な放物線を描いて床へと落下していく酢昆布を物凄い勢いで見事キャッチした神楽は 、 早速酢昆布を取り出すと満面の笑みを浮かべて口に咥えた 。<br>「 流石ッス晋助様!! 神楽は一生ついて行くッスアル!! 」<br>「 オイ 、 おかしいことになってるぞ 。 違う奴と混じるから止めろ」<br>「 それで 、 結局 〝 たがそれどき 〟 って何アルか 」<br> 二つ目の酢昆布を取り出しながら 、 神楽は再び質問を投げかける 。 あまりの切り替えの速さに 、 肩すかしを食らった気分になったが 、 晋助は咳払いを一つして気を取り直すと口を開いた 。<br>「 黄昏時ってのは 、 古くは暮れ六つ 、 酉の刻っていってな 。 今でいう十八時頃のことだ 。 誰彼時なんて書き方もあって、薄暗い夕暮れ時だと相手の顔が良く見えない所からそんな名前がついたんだ」<br><br>空中に指で文字を描きながら 、 なめらかに説明をしてやる 。 すると神楽は 、 三つ目の酢昆布を咥えながら 「 おぉ! 」 と 、 良く分からない歓声を上げて手を叩いた 。<br>「 流石晋ちゃんアルな 。 その無駄な知識で塾とか開けば、もっと儲かると思うヨ」<br>「 黙ってろ 。 先生なんざガラじゃねェんだよ 、 俺ァ 。 適当に生活できりゃそれで良い」<br> 晋助は投げやりな調子でそう言うと 、 壁に立てかけてあった木刀を腰に差して玄関へと歩き出した 。<br>「 晋ちゃん 、 どこ行くアルか? 」<br>「 散歩だ 、 散歩 」<br>「 今夜は姐御のトコで晩御飯だから 、 早く帰って来てヨ 」<br> 神楽が四つ目の酢昆布に齧りつきながらそう言うと 、 晋助はひらひらと手を振って返事をしながら 、 玄関に並んでいるブーツに足を突っ込んだ 。 たかが散歩にブーツもどうかと思うが 、 この恰好であるが故に仕方が無い 。<br>(今度 、 新しい着流しでも買うかね 。 まあ、金があればの話だがなァ)<br> ぼんやりとそんなことを考えながら 、 ブーツの金具を止めた 。 このブーツも随分長いこと使っている 。 物持ちが良いのは密かな自慢でもあるが 、 流石に三年も四年も使っていればそろそろガタが来るだろう 。 突然壊れてしまっても困る 。 次に依頼が入ったら 、 その依頼料で色 々 と新調するべきか 。<br> 頭のなかでそろばんを弾きながら玄関の引き戸に手を掛ける 。<br>「 あ 、 晋ちゃん! 」<br>「 あァ ؟ なんだ神楽 」<br> 神楽の声に 、 晋助は戸を半分ほど開けたところで 、 そのまま背後を振り返った 。<br>「 なんか 、 真選組のマヨがまだ晋ちゃんのこと疑ってるらしいヨ 。 新八が心配してたアル」<br>「 マヨ ؟...... あァ」<br> 真選組の副長であるマヨ _ _ 土方十四郎 。 出会った頃からあまり反りが合わなかったが 、 先日とある事件で晋助が元攘夷浪士である事がバレてからはそれに拍車が掛かった様に思える 。 ...
ترجمه، لطفا صبر کنید ..